3連投に本塁打王、守備では奇跡のバックホーム…阪神・西純矢が“二刀流”で臨んだU-18W杯

2026.9.7

阪神の西純矢外野手は、創志学園高時代の2019年に野球日本代表「侍ジャパン」U-18代表として韓国で行われた「第29回 WBSC U-18ベースボールワールドカップ」に出場した。野球人生で初めて日の丸を背負いプレーした夢舞台を「それを見越して、夏の大会が終わってからもずっと練習していました。すごく嬉しかったっていうのは覚えています」と、当時を振り返る。

写真提供=Getty Images

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2019年に韓国で行われた「第29回 WBSC U-18ベースボールワールドカップ」に出場

 阪神の西純矢外野手は、創志学園高時代の2019年に野球日本代表「侍ジャパン」U-18代表として韓国で行われた「第29回 WBSC U-18ベースボールワールドカップ」に出場した。野球人生で初めて日の丸を背負いプレーした夢舞台を「それを見越して、夏の大会が終わってからもずっと練習していました。すごく嬉しかったっていうのは覚えています」と、当時を振り返る。

 当時の代表メンバーには佐々木朗希投手(千葉ロッテ→ロサンゼルス・ドジャース)、宮城大弥投手(オリックス)、奥川恭伸投手(東京ヤクルト)ら、後にプロ野球界を沸かせる錚々たる選手が集結。その中でも西選手は投手として4試合に登板し、13回1/3を投げて防御率1.35。さらに、打者としても本塁打王を獲得するなど“投打の二刀流”としてチームを牽引した。

 150キロを超える直球とスライダーを武器に夏の甲子園を沸かせた右腕。投げるだけではなく、高校通算25本塁打の打撃も魅力の一つだった。それだけに、首脳陣は投打での起用を検討していたが、本人は投手としての強い自負があったという。

「もちろんピッチャーだと思っていました。代表合流後の大学生との練習試合で全然打てなかったので、『もうピッチャーでやらせてください』とコーチにお願いしたんです。でも、『ダメだ』と却下されてしまって」。苦笑いで振り返るが、いざ大会の幕が開くと、バットで強烈なインパクトを残す。

打者として2本塁打をマークして本塁打王、投手としても3連投

 オープニングラウンド第2戦・南アフリカ戦では2本塁打を含む3安打8打点の大活躍を見せるなど、終わってみれば本塁打王のタイトルを獲得。「ある程度の準備はしていましたが、『出ないだろうな……』と思っていたら、急に言われた試合で打てたんです」と、持ち前の野球センスを見せつけた。

 もちろん、本職のマウンドでも魂の投球を続けた。オープニングラウンド第3戦・米国戦に2番手として初登板すると、そこからチャイニーズ・タイペイ戦、パナマ戦と3連投。「ただの練習試合とは違い、国際大会は気持ちの入り方が全く違う。すごく疲れた記憶があります」。重圧の中でも、不慣れなマウンドや国際球に対し「フォークがすごく落ちるな、という発見がありました」と、瞬時に適応してみせた。

 極限の緊張感が走ったのは、スーパーラウンド第2戦の韓国戦だ。先発の佐々木投手が初回、指の血豆を潰すアクシデントで突如マウンドを降りる事態となる。右翼手として出場していた西選手に、急遽白羽の矢が立った。

「『何かあったら』とは言われていましたが、ブルペンで投球する暇もなく、急にマウンドに行く形でした。ですが、信頼して投げさせてもらっているので、とにかくできることをやろうと思いました」。静まり返る球場の中、心の準備をする間もなくマウンドへ上がった右腕は、急な登板にも動じず力強い直球を投げ込み、4回無失点の好投を見せた。


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スーパーラウンド韓国戦で見せた“語り草”のビッグプレー

 そして、同じくこの韓国戦。マウンドを降り、左翼の守備に就いて迎えた9回裏に、今もファンの間で語り草となっている劇的なビッグプレーが飛び出す。左翼線に飛んできた打球を捕球するや否や、本塁へ目掛けて矢のような送球を見せたのだ。

 サヨナラのピンチを救う、起死回生のバックホーム。「(打球が)飛んできた時、どうしようかとイメージはしていました。右側に来たら一番嫌だなと思っていたところに来たので、体勢的に厳しいかなと思ったんですが、ちゃんと投げられました。自分の中では完璧な送球というか、できる限りのことができたんじゃないかと思います」。地鳴りのような歓声が響き渡る中、日の丸を背負う男の意地が詰まった一球だった。

 異国での戦いは、グラウンド外でも過酷を極めた。当時の日韓情勢もあり、チームには外出禁止令が出される厳戒態勢。移動の際は国旗を隠すほどの緊張感が漂っていた。「ご飯が大変でした。味付けが濃くて。外出も禁止されていたので、ひたすらパンケーキを食べてしのいでいました。5キロくらい体重が落ちる選手もいました」という。


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過酷な環境下で気づいた自分自身の意外な一面

 休日はホテルの部屋に集まり、チームメートとゲームをして息抜きをするのが唯一の楽しみ。しかし、この過酷な日々にも「意外と自分がタフなんだな、と思いました。どこでもできるし、環境や体力的にもしんどい中、意外といけるんだなと」と、新たな気づきを得たという。

 大会は悔しい5位に終わった。「大事な場面でのエラーが響いたという印象があります」と唇を噛む。しかし、日の丸を胸に世界の強豪とぶつかり合った経験は、何物にも代えがたい財産となった。

 あれから数年が経ち、U-18代表で共に戦った仲間たちの活躍は、今も静かな刺激になっている。「基本的にはみんな忙しいので連絡はたまにですが、集まった時には喋ったりします」。異国の地で培ったタフさと、極限状態で発揮した底力。侍ジャパンで強烈な輝きを放った誇りを胸に、西純矢はこれからも己の道を力強く切り拓いていく。

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写真提供=Getty Images, Full-Count

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