考える力が身についた日本通運での2年間 千葉ロッテドラフト4位左腕が抱く感謝

2022.12.19

「自分の野球人生で一番大事だったと言える2年でした」日本通運野球部の高野脩汰投手は晴れやかな笑顔を浮かべながら、そう言い切った。入部2年目の左腕は10月に千葉ロッテからドラフト4位指名を受け、2023年からプロとしての道を歩む。

写真提供=Full-Count

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千葉ロッテドラフト4位指名・高野脩汰がたどった成長の軌跡

「自分の野球人生で一番大事だったと言える2年でした」

 日本通運野球部の高野脩汰投手は晴れやかな笑顔を浮かべながら、そう言い切った。入部2年目の左腕は10月に千葉ロッテからドラフト4位指名を受け、2023年からプロとしての道を歩む。

 関西大学4年だった2020年。プロ志望届を提出し、複数球団から調査票が届いたものの、ドラフト指名されることはなかった。「悔しい気持ちが半分。でも、指名されないことは分かっていた部分もあります」と、当時を振り返る。

関西大学で注目を集めるも指名漏れ「2年後にリベンジしよう」

 注目を集めるようになったのは、大学3年の秋季リーグで見せた活躍がきっかけだった。180センチを超える長身をダイナミックに使った独特のフォームでマウンドを席巻。8試合に登板して4勝を挙げ、リーグMVPに輝いた。だが、4年生になる頃に左肘を負傷。「投げたり投げなかったりで調子が全然上がらず、そのまま大学生活が終わってしまいました」という。

「大学3年の神宮大会が終わった時に(スカウト陣に)少し注目していただいて、それまで憧れでしかなかったプロ野球の世界が少し近づいてきたというか、自分でも目指せる場所なのかなと思えるようになってきました。ただ、3年の時、スカウトの方に『来年が楽しみだ』と言っていただき、調子に乗ったわけではありませんが、普通にやっていればプロに行けるのかなと、少し余裕に思っていた部分がありました」

 だが、現実は全く調子が上がらず。スカウトの足も少しずつ遠のき、「プロに行きたい気持ちはありましたが、客観視すると全然そんなレベルにはありませんでした」。指名漏れは仕方ないと思いつつも、感じた一抹の悔しさにプロ入りへの意欲がかき立てられ、「社会人野球に行って2年後にリベンジしよう」という強い決意に変わった。

「プロになるのは簡単なことではない。“厳しさを知る”ではありませんが、指名されなかったことで自分の実力とプロのレベルの違いを色々と感じましたし、社会人野球ではその違いをしっかり詰めていかないといけないと思いました」

自主性に任された練習と激しいチーム内競争に刺激されて成長

 日本通運野球部には、大学時代の恩師である関西大学野球部・早瀬万豊監督のアドバイスを受けて入部を決めた。高野投手は早瀬監督、同大OBでアドバイザーを務める元阪急の山口高志氏らに、大学で成長の機会を広げてもらったと感謝。さらに、技術面に限らず、性格なども含めた「高野脩汰」という人間を理解してくれていたと、社会人になって改めて感じたという。

「早瀬監督は僕の性格も考えて入部を勧めてくださったようです。僕は自分の意見もしっかり言えて、監督やコーチと相談しながら野球をしたいタイプ。日本通運野球部は色々な人に相談できる環境が整っているし、調整も各自に任されている部分が多いので、僕にとって申し分ない環境でした。自分で自由に動ける時間が多いので、伸びるも衰えるも自分次第なところがある。自分で考えながら、自分に合う調整方法を取捨選択して練習に取り組めたことが、選手としてすごく成長できたポイントになったと思います」

 都市対抗野球大会、社会人野球日本選手権でも優勝経験を持つ名門だけに、チーム内の競争も激しい。「ここ(日本通運)で試合に出られなければ、まずプロ入りはない。いい意味で気を抜けない、本当にいい環境で野球をさせてもらったと思います」と大きく頷く。

 人生に「たら・れば」はないが、もし2年前にドラフト指名されていたら「考えることを知らないまま、戦力外通告をされていたかもしれない」と思うことがあるという。2年という短い在籍期間ではあったが、日本通運野球部で過ごした日々は色濃く体に染みついている。

「野球でも生活面でも多くのことを学びました。寮での共同生活が初めての体験だったので新鮮でしたね。チームメートと四六時中一緒にいるので自然と仲が深まりますし、澤村(幸明)監督は別格ですが、鈴木健司コーチや高山亮太コーチは選手と近い関係で、頼もしい先輩として支えてくれました」


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1月には新人合同自主トレーニングに参加「早く1軍に同行したい」

 プロ入り後は、特徴的なフォームと球威を武器に打者と勝負をし、「僕の力もあったから勝てたという試合を、1年を通じて増やしたい」と意気込む。「自分が活躍すれば日本通運の皆さんも喜んでくださる。リリーフ候補として、まずは早く1軍に同行し、怪我なく第一線で投げ続けられる選手になりたいです」と早期の1軍定着を誓った。

 豪快なフォームとは裏腹に、マウンドへ向かう前は不安な気持ちでいっぱいになる。オーバーヒートしそうになる手前で「あれこれ考えるより出たとこ勝負だ」と気持ちを切り替え、マウンドでは左手にある1球に集中。「キャッチャーが構えたところに投げるだけ」と思い切って腕を振る。

 高校時代を過ごした出雲商業高の先輩には、プロ通算148勝&138セーブを誇る沢村賞左腕・大野豊氏がいる。殿堂入り選手でもあるレジェンドに「同じ高校出身というだけで名前を出していただくのは恐れ多い」と恐縮するが、目標は大きく持っている。

「大野さんにできるだけ近付けるように頑張っていきたいと思います」

 年が明ければ、新人合同自主トレーニングが始まる。プロ野球選手として力強い一歩を踏み出したい。

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