日の丸を背負い、深めた自信 プロでも侍ジャパンを目指す3年目外野手の覚悟

2019.6.3

虎視眈々と、その刃を研ぎ続けている。2016年の「第11回BFA U-18アジア選手権大会」で日本代表を経験し、埼玉西武に入団した3年目・鈴木将平外野手は走攻守全てを高水準でこなす将来のヒットメーカー候補だ。

写真提供=Full-Count

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埼玉西武入団3年目の鈴木将平「代表に入るのが夢だったし、目標でもあった」

 虎視眈々と、その刃を研ぎ続けている。2016年の「第11回BFA U-18アジア選手権大会」で日本代表を経験し、埼玉西武に入団した3年目・鈴木将平外野手は走攻守全てを高水準でこなす将来のヒットメーカー候補だ。

 鈴木外野手が代表に選出されたのは高校3年の夏。2年時にもU-18代表選考に名を連ねていたものの、選考落ちを経験していた。「代表に入るのが夢だったし、目標でもあった」と鈴木外野手。静岡高校では1年春にレギュラーを獲得し、甲子園には3度出場するなど全国の舞台でも活躍。しかし3年時には甲子園出場を逃し、大学進学を経てのプロ入りを目指す考えもちらついていた。そんな中、鈴木外野手のもとにU-18代表メンバー入りの知らせが届いた。

 選出された選手たちは甲子園に出場したメンバーが大半を占め、甲子園に不出場だったのは鈴木外野手と島孝明投手(現千葉ロッテ)だけ。「甲子園組からしたら最初は『こいつ、誰?』って思われていたかもしれないですね」と鈴木外野手は振り返る。

 そんな中でも、自信を得た瞬間があった。大会直前に行われた早稲田大学との練習試合での出来事だ。練習試合終了後、大会で採用されているタイブレーク制の練習を行うことになった。タイブレークは無死一、二塁から始まるが、鈴木外野手は「タイブレークで最初に行ってこい」といきなり打席に送られた。そこで左腕の小島和哉投手(現千葉ロッテ)から右中間を破るタイムリーを放ち、一気に存在感をアピールした。「試合に出るようになって、打つようになって、練習試合から3番を打たせてもらえるようになって、やっと認めてもらえたかな」と自らの努力でレギュラーの座を勝ち取った。

「自分が参加した大会のメンバーの注目度が高かったのはピッチャーで、(打線は注目されていなかったので)『どうして鈴木が3番?』と言われていたと思うんです。とにかく結果を残す。いいところで打って、がめついて、貪欲にという思いでした。ドラフトも間違いなく意識していましたが、その前にしっかりやらないといけないという気持ちが大きかったです。選ばれていない人もいる。その中の代表なので、しっかり活躍したいという思いがありました」

同年代の選手がプロで活躍「一緒にやっていた仲間たちがどんどん上で活躍している」

 2016年8月末から行われた大会では全ての試合で3番を任され、シュアな打撃と固い守備、そして颯爽とグラウンドを駆けるスピードを兼ね備えた鈴木外野手のプレーは日本の大会優勝に貢献。大会ベストナインにも選出された。

 初めて日の丸をつけて参加した大会では、特にチャイニーズ・タイペイや韓国とのゲームを強く意識したという。日本代表と韓国代表の試合と言えば、2009年決勝でのイチロー氏の勝ち越し打が強い印象を残しているが「中学生にもなっていないころでしたが、見ていました」と鈴木外野手の心にも火をつけていた。

「燃えるというか、熱いじゃないですか。韓国とチャイニーズ・タイペイは強くて、接戦になる。負けてはいけない雰囲気はもちろんありましたし、意識はしていました」

 大会決勝ではチャイニーズ・タイペイと激突。両先発同士が好投する緊迫したゲームとなったが、日本代表は先制した1点を守り抜きアジアの頂点に輝いた。この試合で先発した今井達也投手とは後に同じ埼玉西武に入団してチームメートになり、2番手で好救援した堀瑞輝投手(現北海道日本ハム)とは現在も親交が深い。当時のチームメートが1軍で活躍し始め、鈴木も今シーズンついに1軍でプロ初出場を記録した。現在は2軍で調整を行っているが、「一緒にやっていた仲間たちがどんどん上で活躍しているので、下ではなく上で戦いたい思いがある」と胸の内を明かす。

「勝負の3年目」と位置付ける今シーズンを迎えるにあたり、オフは侍ジャパントップチーム常連の秋山翔吾外野手に弟子入り。第一線で戦い続ける秋山外野手の背中から多くを学び、調子に左右されずひたむきに練習し続けることの尊さを学んだ。「また代表に入るためには、すごく高い壁がありますけど、そういう気持ちはもちろんあります」。自らの努力で道を切り拓いてきた鈴木外野手だからこそ、地道に、でも確実に、前を見据えて歩み続けている。

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