U-12代表・吉見一起投手コーチが伝えたい 1球の意味を考えて投げる大切さ
コロナ禍の影響を受け、2020年以降開催が見送られていた数々の国際大会が今年、いよいよ本格的に再開する。そのうち7月29日から10日間の日程で台湾・台南市で開催されるのが「第6回 WBSC U-12ワールドカップ」(W杯)だ。
写真提供=NPBエンタープライズ
2020年を最後に現役引退、高校や社会人チームでの指導を開始
コロナ禍の影響を受け、2020年以降開催が見送られていた数々の国際大会が今年、いよいよ本格的に再開する。そのうち7月29日から10日間の日程で台湾・台南市で開催されるのが「第6回 WBSC U-12ワールドカップ」(W杯)だ。
3年ぶりの開催となる今大会に向け、野球日本代表「侍ジャパン」U-12代表を率いることになったのが井端弘和監督だ。現役時代は中日や読売で名遊撃手として鳴らし、2015年に現役を引退すると指導者に転身。読売でコーチを務めた他、2017年からは侍ジャパンのトップチームで内野守備・走塁コーチとして稲葉篤紀前監督を支えた。
「いろいろな世代の野球を学びたい」とU-12代表の指揮を執ることになった井端監督が、投手コーチに指名したのが中日時代のチームメートでもある吉見一起氏だ。
中日一筋、15年のプロ生活を送った吉見コーチは、主に先発として活躍し、223試合登板で90勝56敗11ホールド、防御率2.94の成績を残した。2011年には最多勝(18勝)と最優秀防御率(1.65)を記録。2020年限りで引退するまで、抜群の制球力を武器とした。
吉見コーチはユニホームを脱ぐ際、「プロ野球の指導者になりたいと夢描いていました」という。だが、2021年から古巣のトヨタ自動車硬式野球部のテクニカルアドバイザーに就任したり、母校の金光大阪高で特別コーチを務めたりする機会に恵まれた。「いろいろな野球に携わっていく中で『プロ野球だけではないな。違うカテゴリーでの指導も面白いな』という気持ちになったんです。そういう時に、ちょうど井端さんからお話をいただき、自分にとってすごく良い経験になると思い、お受けしました」と就任の背景を明かす。
W杯は1チーム18人、選考ポイントは投手以外のポジションもできるか
選手選考には、4月1日から5月2日まで行われた「侍ジャパンU-12代表 全日本合同トライアウト ~デジタルチャレンジ~」から携わった。主に投手を担当し、日本全国から公募で送られてきた動画を隈なくチェックした。「レベルの高い子がたくさんいました。小学生の場合、『エースで4番』というように運動神経の高い子がピッチャーをすることが多いので、二刀流をできる子がたくさんいる印象がありました」と話す。
選考ポイントの1つとなったのは、投手以外のポジションもできるかどうか、だ。W杯の選手登録は1チーム18人。10日間で最大9試合を戦う予定で、選手の健康を考慮して投球数制限が設けられる。そのため投手だけに役割が限定される選手よりも、複数ポジションをこなせる選手が多い方が、チームとして戦略の幅が広がるというわけだ。
「ビックリするくらい速い球を投げる子もいました。ただ、いいピッチャーもいたけれど、ピッチャーだけだと選びづらい。難しい選考でした。動画と最終トライアウトで実際に見たのとでは印象が変わる子もいた。そう考えると、もしかしたら実際に見るといいピッチャーをビデオ選考で落としていた可能性もある。デジタルチャレンジは子どもたちに広くチャンスを与えられる意義がありますが、同時にビデオ選考ならではの難しさも感じました」
U-12代表メンバーに目指してほしいこと「1人の打者を3球で打ち取れるように」
6月5日に東京ガス大森グラウンドで行われた最終トライアウトには、デジタルチャレンジで選考された33人が参加。ピッチング、バッティング、ノック、走塁などが行われた中、ピッチングを担当した吉見コーチは全員の投球を捕手の真後ろから確認したという。
「投げっぷり、顔つき、ボールの強さに注目しました。今回の大会は盗塁もあるので、クイックも1つの判断材料にしましたが、やはり一番大事なのはコントロール。投球数制限があるので、できるだけ球数少なくピッチャーを使っていきたい。これはプロ野球でも一緒ですが、コントロールが悪いピッチャーは計算が立たないので、速い球を投げることよりもストライクゾーンに投げられるピッチャーを選びました」
つまり、今回U-12代表に選ばれたメンバーは、ストライクゾーンに投げる制球力を備えている。その上で、W杯ではマウンドに上がるにあたり、球数少なくストライクゾーンで勝負する大切さを伝えていきたいという。
「1人の打者を3球で打ち取れるようにしよう、と伝えたいと思います。ストライクゾーンに投げ込むのは、どのレベルでも大切なこと。まず2球投げたら1球はストライクを取れるようにして、カウント1-1から3球目で打ち取る。2ストライクになっても遊び球は使わず3球目で勝負する。もちろん、駆け引きの中でボール球を投げてバッターの反応を見ることは大事ですが、そうする意味がある時とない時があって、今回のような短期決戦ではあまり意味がありません。
最近、日本のプロ野球でもメジャーでも3球勝負が増えていますが、僕はU-12世代からそのスタイルにしていっていいんじゃないかと思っています。なので、2ストライクでも、1-1でも、2ボールでも、3球で勝負できるように、ストライクゾーンに投げていこうと伝えたいですね」
「最終的に勝てるピッチャーは、1球の意味を考えているピッチャー」
そして、子どもたちには難しいことだとは知りつつも、「U-12代表に選ばれたからにはレベルの高いピッチャーが多い」と期待を込めて伝えたいのが、「1球1球、考えながら投げることの大切さ」だ。ストライクゾーンで勝負できていても、ただボールを投げているだけでは意味がない。
「その1球をなんでそこに投げたのか。そう質問されたら答えられるように、ただ単に投げるのではなく、その1球が持つ意味や意図を考える習慣を身につけてほしいと思います。考えた通りの結果になることもあるし、うまくいかないこともある。その試行錯誤が経験となって、『ここではこれかな? あれかな?』という発想が湧くようになる。
ただ球が速いだけでは、プロになってからも継続的な活躍はできません。最終的に勝てるピッチャーは、1球の意味を考えているピッチャー。僕はプロ野球に入ってから考える大切さに気付くことができましたが、どこで気付くかは指導者との出会いによるところもある。今はまだ難しいかもしれないけれど、『吉見コーチがあんなこと言っていたな』と、いつか思い出してくれたらいいなと思っています」
W杯ではもちろん優勝を目指していくが、侍ジャパンのユニホームに袖を通す18人には「この経験を人生でのプラス要素にしていってほしい」と願う。
「優勝できれば一番いいですが、世界には同年代にこんなレベルの高い人がいて、チームがあるんだと経験できるだけでも、すごくいいこと。もちろん、将来プロ野球選手になった子どもたちと再会し、『この子と台湾に行ったな』と思えることが僕にとって一番嬉しいことですが、野球だけが全てではない。他のスポーツであったり、違う職業でトップを極める子もいるかもしれない。これを良い経験として、将来に繋げていってほしいと思います」
全国の小学生の中から選ばれた18人の球児たちは、台湾で過ごす10日間で何を感じ、何を身につけるのか。縁あって投手コーチとして貴重な経験に携わることになった吉見コーチは、子どもたちの成長を全力でサポートする。
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