「まさか自分が」上を目指す喜びを知った夏 JR東日本の剛腕が語るU18アジア選手権

2021.9.20

現在、社会人野球のJR東日本で活躍する山田龍聖投手は、2018年9月に行われた「第12回 BFA U18アジア選手権(以下、U18アジア選手権)」に野球日本代表「侍ジャパン」U-18代表の一員として参加した。その年、夏の甲子園で全国優勝した大阪桐蔭高を相手に力投してはいたものの、侍ジャパンへの抜擢は意外な知らせ。大舞台で感じた喜びは、今も上を目指す大きな原動力となっているという。

写真提供=Full-Count

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2018年夏 高岡商業高の山田龍聖投手に届いた「まさか」の知らせ

 現在、社会人野球のJR東日本で活躍する山田龍聖投手は、2018年9月に行われた「第12回 BFA U18アジア選手権(以下、U18アジア選手権)」に野球日本代表「侍ジャパン」U-18代表の一員として参加した。その年、夏の甲子園で全国優勝した大阪桐蔭高を相手に力投してはいたものの、侍ジャパンへの抜擢は意外な知らせ。大舞台で感じた喜びは、今も上を目指す大きな原動力となっているという。

 短い夏の予定は、がらりと変わった。甲子園での3回戦、高岡商業高のエースとして大阪桐蔭高を相手に11奪三振と力投しながら1-3で敗れた山田投手は、故郷の富山で残りの夏休みを満喫しようと考えていた。

 ところが、帰郷2日後のことだ。友達と映画を見ている間に、携帯電話には着信履歴がたまっていた。硬式野球部の吉田真監督が呼んでいるという知らせだった。真っ先に頭に浮かんだのは「何か、やらかしてしまったかな」という不安。しかし、実際に出向いてみると、知らされたのはU-18代表への選出だった。

「まさか自分が選ばれるとは思っていなくて……。遊ぶ予定をいろいろ立てていたんですけど、全部なくなりましたね」

 荷物をまとめ、東京での合宿に向かった。代表入りしていたのは根尾昂内野手(現中日)、藤原恭大外野手(現千葉ロッテ)ら大阪桐蔭高の日本一メンバーをはじめ、高校球界の有名人ばかり。チームに合流してまず驚いたのは、他の選手の体の大きさだった。

 報徳学園高の小園海斗内野手(現広島東洋)や、甲子園で投げ合った大阪桐蔭高の柿木蓮投手(現北海道日本ハム)の太ももやお尻は、見たことのない大きさだった。「自分も背は高かったんですけど、線の細さがあった。この中で大丈夫だろうかと思ったのを覚えていますね」。ちょっぴり、不安も募る。

 合宿では最初、その柿木投手と同部屋になり「どんなヤツかなと思ってましたけど、いじっても、からかっても優しくて(笑)」とすぐに打ち解けた。U-18代表としてどんな大会が控えているのかさえ全く知らなかった、という山田投手がチームになじむまで時間はかからなかった。

チームメートのレベルに衝撃「どこで勝負をすればいいのかな…」

 それまで「代表」と名の付くものに選ばれたことと言えば、小学生の時に富山県氷見市の選抜チームに入ったくらい。渡された侍ジャパンのユニホームには「これ、テレビでよく見るアレだ」という感想が先に出た。それほど遠い存在で、日本代表がどれくらいのレベルにあるのか、考えたこともなかった。

 山田投手は自身が敗れてから、甲子園で何が起きているか追っていなかった。金足農業高(秋田)が旋風を巻き起こし、決勝まで上り詰めたことも、その中心にエース吉田輝星投手(現北海道日本ハム)がいたことも。いざ代表としての練習が始まった時、グラウンドで受けた衝撃は今も脳裏に鮮明だ。

 吉田投手の投球を見ると、その直球の勢いに圧倒された。明徳義塾高の市川悠太投手(現東京ヤクルト)が投げるスライダーも初めて見るようなキレで、「あれ、自分はどこで勝負すればいいのかな」という疑問が芽生えた。「自分はストレートを売りにしてきたのに、そこでも吉田や市川のほうが上でした」。当時、山田投手も最速148キロを記録。上には上がいると痛感した。

 ただ不安とは裏腹に、明治大学、立教大学との練習試合に登板し、大学生から直球で三振を奪った。自分の武器は「もっと上のレベルでも通じるのかな」と思えた場面だ。周りにいる選手との相乗効果で、自分の力も伸びていくような感覚が心地よかった。

 宮崎で行われたU18アジア選手権は、台風の来襲により不規則な日程となった。山田投手の登板も、終わってみればスリランカとのオープニングラウンド第2戦だけ。2回を打者6人、4奪三振でパーフェクトに抑えた。ただ日本はライバルの韓国とチャイニーズ・タイペイに勝てず、3位に終わる。「もっと投げたかったな」。侍ジャパン入りすることがなければ、遊びを満喫していたはずの夏。芽生えかけた手応えを、もっと突き詰めたかった。

プロも注目「もっと上のレベルでやってみたい思いはあります」

 初めて日の丸をつけ、さらに国際大会のマウンドに立って気付いたことがある。

「日本で野球をやれているのは本当にありがたいことなんだな、と思いましたね」

 アジア各国の野球のレベルには大きなばらつきがあり、日本と同等のレベルなのは韓国とチャイニーズ・タイペイくらいなのが現実だ。山田投手もスリランカとの試合では、相手をまったく意識せずに投げられた。「練習で日本代表のメンバーに投げる方が、よほど嫌でしたから」。お手本はチーム内にいくらでもあった。世代トップのレベルに揉まれ、うまくなる喜びを実感していた。

 元々、野球で上を目指そうとは思っていなかった。高校受験の際にも、野球を真剣にやるか、勉強を選ぶか迷ったほどで「高校で野球は終わるつもりでいました。『甲子園に出て終わろう』くらいの感じで」と振り返る。それが高校2年の時、時速148キロを投げたことで「もう少しやってもいいかな」と思えるようになった。さらに高みへという欲を抱くようになったのは、このU-18代表での経験も大きい。

 今季、小園選手や藤原選手ら、侍ジャパンで共に戦った選手がプロの1軍で活躍し始めている。今も連絡を取ることがあり、「みんな力があるのは知っていますから。いつ出てくるのかなと思っていたくらいですよ」と話す。そして山田投手も現在、最速150キロの左腕としてプロ野球スカウトの注目を浴びる。いずれ、侍ジャパンのトップチームに選ばれるのも決して夢ではない。

「野球をやっている以上、もっと上のレベルでやってみたいという思いはあります。日本代表はその頂点だと思います」

 あの夏、共に戦った仲間と同じ舞台に立った時、成長のスピードはさらに増していくに違いない。

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