「結束力が一番大事」 元日本代表主砲が振り返る大舞台 短期決戦の戦い方とは

2020.1.15

2020年がついに幕を開けた。この夏、稲葉篤紀監督率いる野球日本代表「侍ジャパン」は悲願を目指し、メモリアルな大会に臨む。

写真提供=Full-Count

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アトランタ五輪、シドニー五輪出場の松中信彦氏が明かす「日の丸をつけて戦うプレッシャー」

 2020年がついに幕を開けた。この夏、稲葉篤紀監督率いる野球日本代表「侍ジャパン」は悲願を目指し、メモリアルな大会に臨む。

 特別な舞台で、選手たちにかかるプレッシャーは計り知れないものだろう。その重圧の中で、選手たちはいかに最大限のパフォーマンスを発揮すればいいのか。アマチュアとして1996年のアトランタ五輪、そしてプロとして2000年のシドニー五輪と2大会連続で出場した元ソフトバンクの松中信彦氏が、自身の経験から感じるポイントを語った。

 2度の五輪、そして2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック™(WBC)など、数多くの国際大会に出場してきた松中氏。経験豊富な松中氏でも、特に五輪という舞台は「日の丸をつけて戦うプレッシャー、負けられないという重圧を感じた」と振り返る。「アトランタの時は打倒キューバ、シドニーの時はプロアマ混合で金メダルを獲りにいかなければいけないというプレッシャーで、全く楽しめるものではなかった」とさえ言うほどだ。

 全選手がアマチュアで挑んだアトランタ五輪は、決勝でキューバに敗れたものの、銀メダルを獲得した。史上初めてプロアマ混合チームで臨んだシドニー五輪は、準決勝でキューバ、3位決定戦で韓国に敗れ、メダルを逃した。短期決戦の難しさを味わった経験から、重要になるのは「チームとしての一体感」だと話す。

 アトランタ五輪では、チーム全員が社会人や大学生というアマチュアだった。福留孝介外野手(現阪神)や今岡真訪氏(現千葉ロッテ2軍監督)、井口資仁氏(現千葉ロッテ監督)、谷佳知氏ら、当時ドラフト上位指名が確実視されていた若手と、杉浦正則氏や大久保秀昭氏といった社会人を代表する選手が集った。

 松中氏は大会直前の合宿のことを、こう回顧する。

「直前合宿の時に杉浦さんに呼ばれて怒られたんですよ。福留、今岡、井口、谷……。ドラフト1位候補が多く、マスコミもそちらに注目しがちだった。そこで杉浦さんから『自分たちのためにやっているんじゃないんだ。チームが1つにならないとキューバには勝てない。もっとちゃんと1つになろう』という話をされました。こちらは全くそんな風に思っていませんでしたが、五輪は(プロに)アピールする場と考えているように見えたのかもしれません。五輪に行く前に、一度チームを締めてくれたんです。それがあって、すごく結束力のあるチームになりました」

 予選リーグは苦戦の連続だった。2戦目でキューバに敗れると、そこからオーストラリア戦、米国戦と3連敗。4試合を終えて1勝3敗と黒星が先行した。「焦りはありましたね。でも、ベテランの選手たちが『ここぞ』という場面で力を発揮してくれて、そこに若い選手が乗っていけました」。第5戦から3連勝し、通算4勝3敗で辛うじて予選リーグを通過。準決勝では予選リーグで敗れた米国に11-2と大勝し、決勝に進んだ。

日の丸への強い想いを求める稲葉監督の方針は「間違いじゃない」

 一方、シドニー五輪では、少なからずプロアマ混合チームの難しさを感じたという。プロが合流したのが大会直前となり、アマチュアと一緒に練習する時間が多く取れず。当初は「どうしても壁というか、アマチュアが気を遣うところがありましたね。正直難しいな、と思いました」という。それでも、食事の時にコミュニケーションを取るなど、結束を図った。次第にチーム内で決めポーズを作るなど雰囲気がまとまってきたが、第2戦のオランダ戦で決めポーズが挑発的だと審判から注意を受けてしまった。

「あれで少し水を差された感じになってしまった。そこから歯車が噛み合わなくなってリズムが崩れた感じがありました」

 オーストラリア、イタリア、南アフリカと格下には連勝したが、続く韓国、キューバに連敗。4位で予選リーグを通過したものの、準決勝のキューバ戦、3位決定戦の韓国戦にも敗れて、4連敗で大会を終えた。一度崩れた流れを取り戻せずにメダルを逃し「1つの隙を見せたらやられてしまう」と短期決戦の怖さを実感したという。

「やっぱり五輪は全員が1つになることが大事。自分が打てなくても、打たれても、チームが勝てばいいんだ。そう心の底から思える選手が揃わないと勝てないと思います。自分が試合に出られなくても、チームが勝ってどれだけ本心で喜べるかが大事です」

 己の結果に囚われず、どれだけチームの勝利に献身できるか、チームが勝つために何ができるか、を常に考えられる選手が必要。そう考える松中氏は、日の丸への想いの強さを代表選手に求める稲葉監督の方針は「間違いじゃない」と断言する。

 さらに、松中氏は五輪を戦う上で「思い切り」と「信じること」が大切だと指摘する。五輪の舞台では、相手はほとんど対戦経験のない投手や打者ばかり。打者にとっては、初見の投手が投げるボール全てに対応するのは至難の業だ。それだけに事前に得られるデータを活用しながら、打席に立つ時は「思い切りの良さ、『これだ!』と信じることが絶対に大事」とアドバイスを送る。

 これは経験に裏打ちされたアドバイスだ。アトランタ五輪でキューバと対戦した決勝戦のこと。いきなり6点を先行された日本が2点を返し、4点差で迎えた5回。松中氏は起死回生の同点満塁アーチを放ち、勝負を振り出しに戻した。結果的にキューバに敗れてしまったが、チームを窮地から救う一発となった。

一発勝負の短期決戦だからこそ必要になる「思い切り」と「信じ抜く」こと

「決勝の前日、サードコーチだった井尻(陽久)さんが部屋に来て、いろいろと話をしました。その時に『松中、どうせ150キロの真っ直ぐと、とんでもないスライダーが来るんだから、どっちも打とうと思ったら打てない。真っ直ぐでストライクが来たら、次はスライダーという傾向も出ている。一発勝負だし、そういうことも信じていかないといけないぞ』とアドバイスをくれたんです」

 5回2死満塁。松中氏は打席へ向かった。マウンドに立つのは敵エースの投手。初球はボール、2球目は真っ直ぐでストライクとなった。その時、松中氏の目が井尻コーチの姿を捉えると、前夜の言葉が頭をよぎった。「真っ直ぐでストライクが来たら、次はスライダー」。その言葉通り、心を決めた。すると、来たのは狙い通りのスライダー。フルスイングで弾き返された打球はスタンドへと消えた。

「あれで真っ直ぐが来ていたら、あの本塁打はなかった。でも、それくらい一発勝負では信じていかないといけない。どれかに球種を絞ることも大事だと勉強になりました」という松中氏。一発勝負の厳しい舞台だからこそ、ある程度の割り切り、そして自分とチームメートを信じてプレーすることが大事だという。
 
 選手たちにとっては人生に一度あるか、ないかの夢舞台。「五輪は全員プロで行くことになります。マスコミも注目する中で、選手自身の結果も出てきますし、そこで叩かれることもあると思います。ただ、結果的に1番に評価されるのはメダルを取るか取らないかっていうところにかかっている」。選手個々人で結果が出なくとも、結果的に評価されるのは「メダル」だと松中氏は言う。

 だからこそ、選手全員が同じ方向を向き「ONE TEAM」の精神で戦わなければならない。登録できる選手数は「プレミア12」の28人から24人に減る。「個人的にはプレミア12で金メダルを獲ったメンバーでいってもらいたい気持ちはあります。チームが一致団結して獲ったわけですから」と、「プレミア12」を勝った選手で継続して戦うべきだと語る。

「選手24人と少ないからこそ結束力は出来やすいと思います。金メダルを取りに行くために今、自分はどうしないといけないか。選手全員がそういう思いを持って生まれる結束力というのが、日の丸をつけて戦う時には一番大事なことじゃないかなと思います」。昨年11月の「第2回 WBSC プレミア12」で大会初優勝を飾った侍ジャパン。夏の大一番まで、あと6か月あまり。稲葉監督率いる侍ジャパンがどんな戦いぶりを見せてくれるのか楽しみだ。

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