日本の優勝は「らしい野球できたから」 元メキシコ代表・クルーズが語る“侍の強み”

2024.7.8

2014年から4年間、千葉ロッテや読売などでプレーしたルイス・クルーズ内野手は、メキシコ代表として3度「ワールド・ベースボール・クラシック™(WBC)」に出場した。国を代表して戦った経験を「誰もがプレーしたいと思う場所で3回もさせてもらった。最高の誇り」と語り、「本当に光栄なこと」と繰り返した。

写真提供=Getty Images

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メキシコ代表としてWBCに3度出場「本当に光栄なこと」

 2014年から4年間、千葉ロッテや読売などでプレーしたルイス・クルーズ内野手は、メキシコ代表として3度「ワールド・ベースボール・クラシック™(WBC)」に出場した。国を代表して戦った経験を「誰もがプレーしたいと思う場所で3回もさせてもらった。最高の誇り」と語り、「本当に光栄なこと」と繰り返した。

 それぞれの思い出をスラスラ語る姿に、いかにこの舞台が印象的だったかが伝わってくる。2006年の第1回大会時はメジャーデビュー前の22歳。第2ラウンドで日本と対戦した。「松坂大輔さん(西武)が投げた試合。1打席だけ立たせてもらってフライを打ち上げたけれど印象に残っている」と振り返ったように、若きクルーズ選手にとっては貴重な時間だった。

 2013年の第3回大会は、第1ラウンド第2戦で米国と対戦。相手先発は前年(2012年)にナ・リーグのサイ・ヤング賞に輝いたR.A.ディッキー投手(トロント・ブルージェイズ)だった。「素晴らしい選手相手に2打点を挙げて、5-2で勝利することができた。メキシコはWBCでは米国に相性が良かったんだよ」と胸を張った。

昨春の準決勝・日本vsメキシコに大興奮「素晴らしい試合だった」

 第1ラウンドのプールDが地元メキシコで開催された2017年の第4回大会は、プエルトリコ、ベネズエラ、イタリアと対戦。1勝2敗で敗退したが、唯一の白星はベネズエラ相手に挙げたものだった。11-9と乱打戦を制したことに「当時のベネズエラは、ミゲル・カブレラ(デトロイト・タイガース)、カルロス・ゴンザレス(コロラド・ロッキーズ)、ロビンソン・チリーノス(テキサス・レンジャース)ら素晴らしいメンバーが揃っていた。そんな相手に本当にいい経験をさせてもらった」と喜んだ。

 日本で過ごしたのはわずか4年だが、今なお「戻りたい」と話すほど思い入れは強い。それだけに、昨春の第5回大会の準決勝で実現した「日本vsメキシコ」には、「現地で応援したかったけれど行けず、テレビで見ていました。メキシコは若い選手が多いから厳しい戦いになると思いましたが、あんなにいい試合をして……。本当に素晴らしい試合だった」と興奮を隠せなかった。

 侍ジャパンは3点を追う7回に吉田正尚外野手(ボストン・レッドソックス)が同点3ランを放つ。8回に2点のリードを許しながら、直後に山川穂高内野手(埼玉西武)の犠飛で1点差に迫り、9回には不振に苦しんでいた村上宗隆内野手(東京ヤクルト)が逆転のサヨナラ二塁打を放つという劇的な幕切れとなった。そして、勢いそのままに、決勝でも米国を破った日本が悲願の世界一奪回を果たした。

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源田がスリーバント成功「そこに他の国との差があったと思う」

 かつてメジャーでもプレーしたクルーズ選手は、日本が優勝を果たせた理由を「日本らしいしっかりした野球ができたからだと思います」と分析した。

 決勝で米国は1点を追う9回に先頭のジェフ・マクニール外野手(ニューヨーク・メッツ)が四球で出塁し、代走ボビー・ウィットJr.内野手(カンザスシティ・ロイヤルズ)を送ったが、続くムーキー・ベッツ外野手(ロサンゼルス・ドジャース)が併殺で好機を逸した。「米国ではあり得ないことですが、もし日本であれば(あの場面は)間違いなくバントをしている。1点差の9回ですから。結局、トラウト(ロサンゼルス・エンゼルス)に走者なしで回ってきて本塁打狙いの打撃になり三振。仮に1死二塁で、安打でも同点、走者を出したくないという場面であれば、状況は変わっていたと思います」とクルーズ内野手は言う。

 準決勝のメキシコ戦では、源田壮亮内野手が2点を追う8回無死一、二塁でバントを試みて2球連続ファウルも、スリーバントを成功させた。「源田のバントがあって点が入った。そこに他の国との差があったと思う。やるべきことをしっかりやっていた」と“侍野球”を称賛した。

 40歳となったクルーズ選手は、今年のウインターリーグを「最後のシーズンになると思う」と話す。今なお白球を追いかけ続けるその胸には、常に母国の誇りがある。

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