世界一へ導いた起死回生の一発 “冷静な侍”吉田正尚を興奮させたWBCという特別な場所

2023.11.20

大熱狂を呼んだ今春の「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC™(WBC)」。野球日本代表「侍ジャパン」を悲願の世界一に導いた“冷静な侍”が、当時の様子を淡々と振り返った。

写真提供=Full-Count

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準決勝・メキシコ戦で飛び出した値千金の同点アーチ

 大熱狂を呼んだ今春の「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC™(WBC)」。野球日本代表「侍ジャパン」を悲願の世界一に導いた“冷静な侍”が、当時の様子を淡々と振り返った。

 世界中が白球の行方を追った。フェアか、ファウルか――。

 3月20日(日本時間21日)の準決勝・メキシコ戦。侍ジャパンの「4番」が、とてつもない大仕事を果たした。ボストン・レッドソックスの吉田正尚外野手は、負ければ敗退の窮地でも、平常心を保っていた。3点を追う7回2死一、二塁、確信めいた感触があった。左腕ジョジョ・ロメロ投手の投じた138キロ直球にタイミングを合わせた。落ちる変化球に右手1本で対応した後、体をうまく回転させる。右翼ポールに向かって伸びる白球に、全世界の野球ファンが息を飲んだ。

「これまでになく冷静でしたね。きっちり集中もできていたんで(音は)何も聞こえなかった。打った瞬間は『ファウルゾーンに切れるかな?』とも思ったんですけど……。一瞬だけ考えると『これは、入ったな』と。ベンチもスタジアムのみんなも興奮してくれていた。あの大会は、最初から最後までアプローチを変えずに戦うと決めていたので、それが正解でした」

日本中を興奮の渦に巻き込んだ大仕事に「チームが勝てば、それでいい」

 起死回生の同点3ランに、テレビの前で応援していた日本中の野球ファンが飛び上がった。現地ではマイアミ・マーリンズの本拠地、ローンデポ・パークの大歓声を、一身に浴びた。日頃、グラウンド上ではあまり感情を見せない吉田選手でさえも、両手を高々と上げて、渾身のガッツポーズ。本塁を踏むと、大谷翔平投手(ロサンゼルス・エンゼルス)、近藤健介外野手(福岡ソフトバンク)らとともに、絶叫したのだった。

「チームが勝てば、僕はそれでいいんです。代表選手みんなと、ファンの皆さんと喜びを分かち合えたのが素晴らしい時間でした」

 本塁生還後、ヘルメットをバンバン叩かれ、手荒い祝福を受けた。痛みはない。吉田選手は珍しく、フィールド上で白い歯を見せた。

「やっぱり、嬉しいですよね。大会を振り返る映像を見ていても、あのシーンを使ってもらえている。僕の野球人生の中でも、記憶に残る1本です。ああいうバッティングは、野球人生が終わったタイミングで『良かったな』と振り返ることになるんだと思いますね」


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勝負を決めた直前の1球「どうなっていたかは、僕も想像できない」

 自然体を貫く吉田選手は、打席でも心拍数を一定にして、脳をフル回転させる。

「直前に1回、チェンジアップを空振りしていたんです。そこでチェンジアップを1球見られていたのは大きかった。カウントを追い込まれてから、ミートポイントを体の近くに入れて、右肩が開かないようにしたので、うまくヘッドが最後に出てきた。体が開かなかった分、ボールの内からインサイドアウトで(打ったので)切れずにポール際に入った。あれがスライダーでチェンジアップを最後まで見なかった場合、どうなっていたかは、僕も想像できないですね……」

 世界に羽ばたいた日本球界屈指のヒットマンは、その1球を逃さなかった。

 大会期間中、全7試合で打率.409、2本塁打、大会新記録を樹立する13打点。決勝の米国戦で際どいコースを見逃して三振を喫するまで、三振はゼロ。日本を3大会ぶり悲願の世界一に導いた。吉田選手は2019年の第2回 WBSC プレミア12、2021年の東京に次いで主要国際大会3連覇を達成し、3種類の金メダルを獲得。大会MVPは投打二刀流の躍動を披露した大谷選手に譲る形となったが、間違いなく「陰のMVP」だった。

WBCを通じて少年少女に感じていてほしい「野球って楽しいな」

 熱戦を回想すると「WBCは特別な雰囲気でしたね」と微笑む。

「負けられない戦いの中でプレーできたことは自分にとって大きかった。勝った喜びも大きいですし、打てなかった悔しさも大きくなる。色々な駆け引きや集中力は普段のシーズンでは味わえないものがあった。今回のWBCで、多くの野球少年少女たちが『野球って楽しいな』と思ってくれていれば、僕は、選手冥利に尽きますね」

 大きな声援を送ってくれたファンへの感謝を止めない。

 世界の頂点に立っても、吉田に慢心はない。「今回の大会で優勝できましたけれど、日本の野球のレベルをさらに上げていくことは大事なこと。僕も、ずっとトップチームに選ばれる成績を残す選手でありたいと心から思いました」。メジャー挑戦1年目の今季は140試合に出場し打率.289、15本塁打、72打点の成績を残した。

「僕の存在だけではなく、日本の野球を世界に証明できた。それが幸せでした」

 金メダルを首にかけてもなお、突き進む覚悟を決めたのだった。

※()内は大会開催時の所属チーム

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写真提供=Full-Count, Getty Images

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