「僕史上、一番良かった」 中日・郡司がプロ入り後も立ち返る大学代表の2打席
雨が時折ちらつく、東北の夜だった。中日の郡司裕也捕手は、2年前の感触をありありと覚えている。2019年7月20日、福島・ヨーク開成山スタジアムで開催された「第43回 日米大学野球選手権大会」の第4戦。大学日本代表の一員だった慶應大学の4年生は、右へ左へとアーチを架けた。「僕史上、一番良かったバッティングです」。自身にとっても、衝撃だった。
写真提供=Full-Count
2019年の日米大学野球、背水の第4戦でスタメン抜擢「どうにでもなれと」
雨が時折ちらつく、東北の夜だった。中日の郡司裕也捕手は、2年前の感触をありありと覚えている。
2019年7月20日、福島・ヨーク開成山スタジアムで開催された「第43回 日米大学野球選手権大会」の第4戦。大学日本代表の一員だった慶應大学の4年生は、右へ左へとアーチを架けた。「僕史上、一番良かったバッティングです」。自身にとっても、衝撃だった。
日本各地で試合を行い、第3戦を終えた時点で1勝2敗。負ければ米国の優勝が決まる背水の第4戦で、郡司捕手は初めてスタメンに抜擢された。「状態もあまり良くなくて、使われないと思っていました」。突然の起用で任された、起爆剤としての役割。「結果を気にせず、思い切ってやってこい」。生田勉監督にも背中を押され、気持ちは吹っ切れていた。
右中間ソロを放った後の第3打席で得た確信「年に1回あるかないかの感覚」
4点を先取した直後の4回。先頭で迎えた第2打席で、めいっぱい叩いた白球は右中間スタンドに飛び込んだ。「失うものはない。どうにでもなれと思い切り振ることだけを考えた結果でした」。滞空時間の長い、チームをさらに勢いづけるソロ。会心の一発は、自らの中に小爆発を引き起こす。再び先頭打者で迎えた6回、打席に入った瞬間に確信した。
「打つ前から『いけるな』っていう、年に1回あるかないかの感覚に襲われました。打てる時って、構えた時からハマる感覚があるんです。ジャパンの試合で出るかって感じでしたけどね」
湧き上がる自信に、嘘はなかった。今度は左中間へのソロ。8点差に広げ、ダメを押した。試合は9-1で大勝。再加速した侍ジャパン大学代表は、神宮球場で行われた最終第5戦も6-1で勝利し、3大会ぶり19回目の優勝を決めた。
プロ入り後も参考にする福島の一戦「困ったらあの時の動画を見る」
日の丸を背負って証明した強打で、プロ入りの切符をつかんだ。その年のドラフト会議で、中日から4位指名を受けて入団。ルーキーイヤーの2020年は6月23日の敵地・横浜DeNA戦で1軍デビュー。30試合出場で打率.156、0本塁打、4打点の成績だった。一流の投手たちを相手に、たやすく打てる世界ではない。今季はさらに1軍出場の機会を減らしたが「足りない部分は見えてきました」との思いもある。
試行錯誤の繰り返しで自らの打撃を見失いそうになった時、福島の夜に立ち返る。「困ったら、あの時の動画を見ることはありますね」。タイミングの取り方や投手との間合い、構え方……。「過去に囚われてもダメですけどね」。そう苦笑いするが、無駄を削ぎ落とした理想に少しでも近づきたい。
真価の問われる3年目「出られるんだったら、何でもやるつもりです」
アイデンティティは「強打の捕手」。もちろん、まず扇の要としての安定感が不可欠なのは、この2年間で痛感してきた。ただ、1軍で試合に出なければプロとしての存在証明を果たせない。「出られるんだったら、何でもやるつもりです」。今季2軍戦では三塁でも2試合に出場。首脳陣の意向次第では、外野も選択肢に入ってくる。
大卒選手が真価を問われる3年目は、すぐにやってくる。「キャンプ初日からバリバリいけるって思わせないと、立場がなくなっていくだけです」。あの日の打撃を追い求めた先に、プロで生き抜く術を手に入れられると信じている。
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