金メダルへ導いた侍ジャパンの投手力 建山義紀氏が明かす選手選考のポイント

2021.11.8

2017年から4年にわたり野球日本代表「侍ジャパン」トップチームを率いた稲葉篤紀前監督。今夏、悲願の金メダル獲得という有終の美を飾った指揮官を、投手コーチとして支えたのが建山義紀氏だ。

写真提供=Full-Count

写真提供=Full-Count

2017年に侍ジャパン投手コーチ就任、稲葉前監督と決めた「絶対に排除する」もの

 2017年から4年にわたり野球日本代表「侍ジャパン」トップチームを率いた稲葉篤紀前監督。今夏、悲願の金メダル獲得という有終の美を飾った指揮官を、投手コーチとして支えたのが建山義紀氏だ。

 現役時代は北海道日本ハムやMLBテキサス・レンジャーズなどで活躍。2014年の阪神を最後に現役に幕を下ろした建山氏が、指導者としての一歩を踏み出したのが侍ジャパンだった。2017年9月の就任当初より「金メダル獲得」という絶対的な目標に向かって前進し続けた4年間を振り返ってもらった。

 稲葉ジャパンでは毎年、プロ野球開幕前の春先には強化試合、シーズン終了後には国際大会を戦い、選手選考とチームの強化に努めてきた。シーズン中は「俯瞰して選手を見るようにしていました」というが、特に注目していたのが「四球」と「失点した次の試合」だったという。

「まず稲葉監督と『これだけは必ず』と言っていたのが、四球で試合が動くことのない投手を発掘することでした。過去の侍ジャパンの国際大会を見直すと、失点した場面は四球が絡んでいる。それは絶対に排除しようと話しました。なので、少々痛打される場面があっても四球が少ない投手を中心に、逆に四球はあっても打者をねじ伏せられる何かを持つ投手も見るようにしていました」

 その結果、プレミア12でのチーム与四球数(13)は参加12チーム中で最少を記録。その後も四球から自滅する展開の少ない戦いを続けることができた。

山崎康晃に寄せる絶対的な信頼「国際試合で100%を出し切ることができる」

 また、侍ジャパンが戦う舞台は常に短期決戦という特性がある。投手には「長期のペナントレースで力を発揮するタイプと、短期集中でイレギュラーな事態に対応できるタイプ」があると建山氏。後者の資質を持つ投手を見極めるために「打たれた次の試合でどういう雰囲気で投げているのかを見ました」と明かす。

「国際試合は短期なので切り替えてやってもらわないと、あっという間に終わってしまう。そこはしっかり見るようにしました。例えば(山崎)康晃(横浜DeNA)よりもすごい抑え方をする投手は他にもいる。ただ、彼は国際試合で自分の持っている100%を出し切ることができる。緊迫した状況で萎縮しないで、プレッシャーを力に変えられる投手。そういう信頼度がありました」

 プレミア12までは数多くの投手を招集し、適性を見極めた。そして、迎えた大会では優勝という最高の結果を手にし、目指す方向が間違っていないと再確認。この時のメンバーを軸に2020年夏の大舞台に向けてチーム編成する方向だったが、コロナ禍により開催が1年延期された。

 1年という時間が投手に与える影響は大きい。成長を遂げる投手もいれば、状態を崩す投手もいる。決して簡単ではない状況において、最終的なメンバー選考の肝となったのが「誰が見ても納得のいく人選」だった。

「2020年に開催されれば縁のなかった投手もたくさんいます。ただ、誰が見ても『この投手は選ばれるべきだよね』というメンバーだったと思います。平良(海馬・埼玉西武)、栗林(良吏)、森下(暢仁・ともに広島東洋)にも入ってもらいましたが、彼らなら初めて侍のユニホームを着たとしてもやってくれるという確信はありました」

ベテランが引き受けた“縁の下の力持ち”役「いい投手たちに集まってもらった」

 同時に、ベテランと若手のバランスを重視。「今回は若手が柱になり、ベテランが緊急対応をするという形が取れたので、チームとして非常に上手く回った経緯がある。ベテランの存在は必要不可欠でした」と振り返る。

「試合の勝敗により登板スケジュールが変わったり、先発から中継ぎ待機になったりという役割を、田中将大(東北楽天)と大野雄大(中日)が対応してくれました。彼らの献身的な姿を見て、若手が『自分たちもしっかり備えないといけない』と奮起する様子も見てとれたのが良かったです。自分のチームとは違う役割も受け入れてくれた。僕のミスも消すような活躍をしてくれて、本当にいい投手たちに集まってもらいました」

 金メダル獲得した後、建山氏は自身のSNSを通じて、投手1人1人にメッセージを送った。マウンド上でスポットライトを浴びた投手だけではなく、有事に備えて人目に触れず準備を怠らなかった投手も含め、全員で掴んだ頂点。それぞれに等しく抱く感謝の気持ちをそっと綴った。

4年間で養われた観察力「調子が悪くなる入口や調子が良くなる出口が見えた」

 長いようで短く、短いようで長かった4年間。指導者としての経験を積み上げた建山氏は「観察力が少しは身についた4年間でした」と話す。

「打者だったら打てないとか、投手だったら球威がないとか、今調子がいい悪いというのは誰が見ても分かる。でも、調子が悪くなる入口や調子が良くなる出口は、本当によく見ていないと分からないと思うんです。例えば、大野は今季序盤は全くの成績でしたが、例年夏以降はとんでもない投球をする。だから7月にはよくなると信じていましたし、千賀(滉大・福岡ソフトバンク)もそう。『本当に大丈夫なのか』という声も聞こえましたが、僕はずっと見てきて大丈夫だと信じていた。そういう観察力が養われましたね」

 稲葉ジャパンでの役割を終え、現在は解説者の仕事に専念する日々。「解説者だと俯瞰して野球を見られるんですが、コーチはグラウンド上で主観的な立場になるし現場にしか分からないこともたくさんある。立ち位置によって見えるものが、こんなにも違うんだと驚きました」と、また解説の分野でもコーチ経験が生きることになりそうだ。

「この4年間、侍ジャパンの投手コーチは僕一人しか味わえなかった経験。大変なこともありましたけど、終わってみれば本当にいい経験をさせてもらいました」

 金メダル獲得という目標に向かって突き進んだ日々は、野球人・建山義紀にとって大きな財産となったに違いない。

記事提供=Full-Count
写真提供=Full-Count

NEWS新着記事