育成選手から支配下登録、そしてU-23代表 ロッテ5年目捕手が得た「大きな財産」
千葉ロッテ柿沼友哉捕手にとって、2016年はエポックメイキングなシーズンなった。この年、育成選手2位で入団すると、7月下旬に支配下選手登録。イースタン・リーグではチーム内では捕手最多の55試合に出場し、11月には侍ジャパンU-23代表の正捕手として「第1回 WBSC U-23ワールドカップ」で優勝を飾った。育成選手から、わずか数か月で日本代表入り。あまりのスピードに実感が沸かず、侍ジャパンのユニホームに袖を通しても「いい意味でプレッシャーがありませんでした」と振り返る。
写真提供=Full-Count
千葉ロッテの柿沼捕手、2016年にU-23ワールドカップで世界一に
千葉ロッテ柿沼友哉捕手にとって、2016年はエポックメイキングなシーズンなった。この年、育成選手2位で入団すると、7月下旬に支配下選手登録。イースタン・リーグではチーム内では捕手最多の55試合に出場し、11月には侍ジャパンU-23代表の正捕手として「第1回 WBSC U-23ワールドカップ」で優勝を飾った。育成選手から、わずか数か月で日本代表入り。あまりのスピードに実感が沸かず、侍ジャパンのユニホームに袖を通しても「いい意味でプレッシャーがありませんでした」と振り返る。
「それまで代表チームに入るなんて経験したことがなかったので、日の丸の存在が大きすぎて、僕がそれを背負うというのも少しおこがましいな、気負いすぎてどうするんだ、という感覚がありました。だから、少し楽な気持ちで試合に臨めましたし、あの状況をすごく楽しめました」
初の代表チームで世界一に貢献 「投手のいいところを引き出すこと」を強く意識
この時、チームには3人の捕手がいたが、チームを率いた斎藤雅樹監督は柿沼選手を全9試合に起用した。現役時代は読売のエースとして最多勝利5回、沢村栄治賞3回など輝かしい成績を残した指揮官は当時、柿沼選手について「ピッチャーが投げやすいタイプ」と高く評価。侍ジャパンでは初めてバッテリーを組む投手も多い。短期間で結果を出すために、柿沼選手が最も強く意識したのは「ピッチャーのいいところを引き出すこと」だったという。
「対戦経験があるピッチャーでも分からないことの方が多い。なので、積極的にコミュニケーションを図りながら、僕が感じるそのピッチャーのいいところを引き出すようにしました。ただ、僕が何をしたわけでもなく、結局はピッチャーが自分のいい部分を出してくれたので、最高の結果に繋がったんだと思います」
オープニングラウンドを全勝で勝ち抜いた日本は、スーパーラウンド2戦目のパナマ戦に2-3と惜敗したが、決勝ではオーストラリアに10-3と大勝。見事、大会の初代王者となった。この試合でも、柿沼選手は先発マスクを被り、1安打1打点とバットでも貢献した。
初海外のメキシコで実感「いかに幸せな状況の中で野球をさせてもらっているのか」
「あの時、実はあまり世界一になった実感はありませんでした。プレッシャーを感じながら世界一を勝ち取ったというより、楽しく野球をした結果として、最後に優勝がついてきた、という感覚の方が大きかったんです。もちろん、出るからには世界一を目指していました。でも、変なプレッシャーを感じるのではなく、目の前の試合を楽しみながら、1つずつ勝ち進んでいけた。そこで勝ち切れたのはいい経験になりました」
この時、舞台となったのはメキシコの大都市モンテレイ。日本とは違う環境を経験できたことも、柿沼選手にとって大きな財産となった。
「海外に行くのは、あの時が初めてだったんです。グラウンドは決して平らではないし、石も多く転がっていたし、いかに日本では幸せな状況の中で野球をさせてもらっているのか、強く感じました。ただ、どんな環境の中でもしっかりいいパフォーマンスを出さなければいけない。ああいう体験ができたのは、僕にとってかなり大きい財産になりました」
世界一から3年あまりの時が経ち、柿沼選手は千葉ロッテで正捕手の座を争う存在となった。現在の目標はもちろん日本一に輝くこと。U-23代表での優勝経験を生かしながら、チームが10年ぶりの頂点に立つ原動力になりたい。
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