選手に「迷わせない」―元侍ジャパンスコアラーが語る、国際大会のデータの重要性

2019.3.25

世界の強豪と戦っているのは監督、プレーヤーだけではない。スコアラーもそのうちの一人。日本が世界一に輝いた2009年、チーフスコアラーを務めていた三井康浩氏は大会終了まで多くの資料を用意して、監督、選手たちにデータを提供し続けた。相手国を攻略するまで、どのような準備をする必要があるのか。侍ジャパンスコアラーの仕事ぶりに迫った。

写真提供=Getty Images

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負けたら終わりの一発勝負、求められるのは短期間で簡潔に選手へデータを伝えること

 世界の強豪と戦っているのは監督、プレーヤーだけではない。スコアラーもそのうちの一人。日本が世界一に輝いた2009年、チーフスコアラーを務めていた三井康浩氏は大会終了まで多くの資料を用意して、監督、選手たちにデータを提供し続けた。相手国を攻略するまで、どのような準備をする必要があるのか。侍ジャパンスコアラーの仕事ぶりに迫った。

 三井氏は1986年から読売のマネージャー、スコアラーを務めるなど20年以上、キャリアを積んでいた。その頭脳を買われ、2009年、原辰徳監督の命を受けて、侍ジャパンのチーフスコアラーに就任。合計3人のスコアラーで大会に挑んだ。

「国際大会のスコアラーはトーナメントに対応していかないといけません。そこがNPBと大きく違います。次、負けたら終わりですから、短期間で簡潔に選手へデータを伝えることが重要です。リーグ戦ならば、『今日はこうだったけど、次はこうしてみよう』などの反省を踏まえた試みができますが、一発勝負はそうはいきません。『今日はこれで勝ちにいく』と言うように、勝つか、負けるしかありません。そういう難しさがありますね」

 2008年11月に就任し、データは対戦する可能性のある15の国と地域のものを用意した。年末から正月にかけて休みは抜きで、ほぼ徹夜で集めた。各チームの投手、野手の全員の映像を見て、特徴やクセをレポートに書く。資料の準備は終わらず、開幕してからも続いていた。

「私の場合はデータをどれだけ取るかに(勝負は)かかっています。1人につき3試合くらいを見て、身長、体重、特徴、投手ならば、球種や決め球、カウント球を何でストライクを取るかなどを調べ、パソコンにデータを打ち込みました」

「持っている資料の多さを選手に見せたくない」、その理由は…

 そのデータをプリントアウトして、ファイルに閉まっていった。資料はまず、自分の頭に叩き込むことから始まる。

「相手の選手の顔は分かりませんが、投げ方や身長、体重などの体格、球速と球種はその資料を見なくてもミーティングで言えるように覚えます。試合中、選手もデータがないので、すぐに私のところに聞きに来ます。ベンチで資料を探している暇はありません。一瞬で答えを導き出さないといけません」

 ミーティングに持ち込むために用意した資料は分厚いファイルで何冊にもなる。しかし、選手が集まる部屋には全部は持ち込まないようにしている。できるだけ暗記して臨むのもひとつの工夫だった。

「持っている資料の多さを選手に見せたくありません。持ち込む資料は最低限で決めていました。選手はミーティングで資料が多いと、『え? そんなにあるんですか?』と耳を傾けることが、嫌になってしまいます。なので、資料を配ったりもしません。基本的にミーティングでは、資料を見て話しませんし、選手たちの顔を見ながら話をしないと、言葉は伝わりません」

 名前を覚えきれない中継ぎ投手のことを選手に聞かれた時に答えるため、ミーティングでは資料を見たりする。つまり、確認用に持ち込む程度である。あくまでも、頭に叩き込んだものを伝えるスタンスだ。

 選手にじっくりと見せるのは映像の方だ。

「ミーティングでは投手のボールの軌道を見せます。捕手の後ろから撮影した映像が一番、分かりやすいです。『この投手を打ち崩すために、この球を狙ってほしい』とか『この球が相手の勝負球になる』と伝えます。スライダーが軸となる投手の場合、その軌道を確認してもらった後、指示を伝えます。高速のスライダーの場合、左打者なら『ストレートを打ちにいくつもりで』、右打者なら『外に逃げていく球をイメージし、それを引っ張るのではなく、セカンドの頭かピッチャーの横くらいのところに打つイメージでスイングしてほしい』などと言います」

「大事なことは選手に絶対に考えさせないこと」

 投手のクセを見抜くことも短期決戦では必要になる。何度も何度も映像を繰り返し見ているうちに、手の動きで変化球の球種が分かったり、走者がいるときに牽制球を投げてくるか、打者に投げてくるかも分かったりすることも多い。

「(2009年は)第2ラウンドのキューバは投打ともに強力、準決勝のアメリカ戦はメジャーリーガーも多いため、日本は苦戦する、という見方が強かったと思います。ただ、私たちのデータでは打ち勝つ自信がありました。相手投手のクセや特徴が試合前に分かったからです。打ち始めた時は正直、心の中で笑いが止まりませんでした」

 日本はキューバ先発の剛腕チャップマンを攻略。投手陣に12安打を浴びせ、6-0で勝利すると、準決勝のアメリカ戦では相手を上回る10安打を放ち、9-4で快勝した。先発のオズワルトを攻略し、4回途中まで6点を奪った。この2投手も分析と映像で特徴とクセが分かっていたという。そのため、自信を持って、選手ミーティングで狙い球を絞らせることができ、試合を優位に進めることができた。日本の優勝もデータがなかったら成し遂げられなかったかもしれない。

「どこの国よりもデータ分析をした自信があるので、その結果が出てくれたのだと思います。もしかしたら、外国人はここまで細かくはやらないのかもしれませんね。睡眠時間を削らないといけないくらいしんどかったですし、勝たないといけないという責任感もありました。日の丸を背負うってこんなにも大変だったんだと思いましたね」

 今は計測機などが主流になり、データが幅広く示されるようになった。これからの国際大会でもスコアラーの役割は重要になっていく。

「大事なことは選手に絶対に考えさせないことです。こちらが頼られているわけですから、迷わせてはいけません。瞬時に判断をし、選手が『分かりました』と一発で打席に立てるようにするのがこちらの役目です。選ばれた以上は、首脳陣や選手、誰よりも何倍ものデータを持ち、自信を持って、伝えることが重要です」

三井康浩(みつい・やすひろ)1961年1月19日、島根県出身。出雲西高から78年ドラフト外で巨人に入団。85年に引退。86年に巨人2軍サブマネジャーを務め、87年にスコアラーに転身。02年にチーフスコアラー。08年から査定を担当。その後、編成統括ディレクターとしてスカウティングや外国人獲得なども行った。2009年にはWBC日本代表のスコアラーも務めた。

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